正しい靴の認識、常識は履く人自身の為
長く靴屋をやっているといろいろなお客さん、いろんな思考、靴の常識があると感じます。
多くの方が足と靴の悩みを持って靴の依頼をされますが、素人の常識なのか靴屋にプロがいないのか、無い靴、存在し得ない靴を常識に考え靴を探し回る方が多い事はよく感じます。
これまでのそんな常識、認識を人が頭の中や感覚を整理してこれまでや巷で流れる誤った感覚の常識を自分の足と健康、現状とこれからに当てはめていくには相当の時間や健康に影響する経験、無駄な靴を漁って・・・と、言う方はとても多い。
その為、インソールや様々な靴や医療に頼り、その間、状態を過度に過度にと悪化、新たな症状や変形、痛みを伴って悪化を加えて現状に至り、耐える時間我慢など、悪くしてしまった、悪く成って続いている実感に証明された足の悪い状態を見る事がいつも辛い。
これら全て、そして、現代は未だ、靴の役割や適切な靴作る、提供する選ぶ事の欠いた靴文化のレベルにある事は変わらない。
材質やデザインに頼ったり主張はするが、人の足に合わせる事、努力、技術の欠如の現状も靴屋も求める側の多くの方は自分や家族、大切な人が悩み困って考え始める靴選びを行い、一つ、二つ・・・いくつもの靴選びや対処を簡単に考え、歳を重ねる事でしか人は気づく事が無い。とも多くの方、相談者は言う。
「なんで、無いのか?」
と、聞かれるが、
それは靴の認識、常識が偶像や理想論を素人は基準にしている事が分かる為、その事やこれまでに無駄な靴やインソールでの経験を当てる様に説明し、「なんで分かるの?」と言われながら、「分かるのではなく、論理、道理、物理的にも理に適わない偶像や理想論を認識や常識化している事に気付いてもらうしか無いと丁寧に説明する。
人の理解は様々に痛みや至った経緯から分かっていながらも見栄や欲、靴で自分を装って痛い願望が理解しないふりをする人も少なくは無いと感じる。
ならばあなたが信じた道、靴選びをすれば良いと思う。
これまでもそれをしてよく成ったと錯覚はしてもよく成った事、良くなる対処など現状の靴社会に私は一切感じない。
お一人おひとりの足と現状に適切な環境を靴に備える事が出来てはいないのだから。
靴を作る型を主体、基本に自分の足の環境求めるまでに世間を見回し、自分もそんな社会で当たり前に市販の靴で大丈夫!と言い聞かせ無理や無茶をし続ける。
大人としての判断はそこには無い。
人としてや親としての判断や常識はどうなのか?
私は人の足の環境を悪くした足、健康に配慮して靴を作る。
同じ靴は一足として無く、快適さや痛み悩みから少しでも解放する事がいつも大切に思う、悩みだけではなく、様々に困った方、外反母趾やハンマートゥ、巻き爪などの方に靴型から環境を作り靴にする。
そうする事を長くやっている人、巷での靴の常識、認識が全く誤りである事に気づき、健康を害する靴の中で探し回っていた事に納得する方を増やす会話が増える事に一歩の歩みを感じます。
なかなか、巷、世間の安易な常識や認識の中で私の靴しか履けないと言葉には出しても気持ちが付いてこない、納得する事にもがいている人もたまにいます。
答えほ簡単なのですが、自分の思考や感情が許さない。身体は痛みや悩みから解放されていたり、良くなっている実感してはいてもついて出る言葉は正直な身体の実感とは違う嘘を言う。
最近は、私自身、若くは無くなって来た、これまで98パーセントのお客さんが私よりも年長者、その姿、悩み、お困りも見て聞いて来たので、作る靴が誠実ならば説明する事の労力が疲れ、相手の理解度にもよるので、求める事や痛みや悩みに対処した靴を作る事の要点は話しても、
「他で探してあると思うなら探して下さい。 ・・・」と。
大切な方、理解は私の為にある事では無く、靴で害した人の為やその方の今後の為に必要な事。
私はおひとりお一人の違い、痛みや悩み、靴が原因で壊され外反母趾などになった方の足に誠実に身体に応える靴を足に合わせ作るだけでいいと思う様になりました。
私は私の靴の説明を理解して欲しいとは思いません。
靴を求める方が自分の健康を最優先にしてこれからをこれまでの様に悪くし続けない事の必要が何であるかを理解していただければ、私は靴を作り、痛い思いや悩みの対処や対応に役立つ靴本来の事が出来ると思います。
0コメント