靴選び・・・自己放任・セルフネグレクト

  
「自己放任・セルフネグレクト」は日本人の臆病な気質に誰にでも存在するものかと。
責任感が強ければ準備立てて物事を考え、組み立てた中で学ぶ事と歳を並行した経験値になるのですが、「責任」や「責任感」を言葉、活字、自分に問い、言い聞かせている自分に良しとするところから見ても、それをしなければならないと言うことは自分の「責任」や「責任感」の本質の欠いている事を何処かで認め、せめて、言い聞かせる事を勝手に準備立てた行為として満足しているに過ぎない。
それは、人の仕事の姿勢には良く見えてくる。
それを推し量ると見事にその証明をする姿勢が。
靴を扱う人達はどうだろうか?
多くの人は市販の靴をどれ位の完成度として靴を買うのだろうか?
80%や90%の完成度、精度として買っている様に見えるのですが、どうでしょう。個人差や経験値、症状、変形からその数値は下がるでしょう。
と言うよりも・・・
経験する歳を重ねながら、特に身体が老いて来ると、昔、無理や無茶をしてでも履けた靴が履けなくなる。
正確には、履けなくする靴をその無理や無茶が現状になっている方は物凄く多い。
その事を逆に私に推し量る駆け引きをする方も多くいますが、現状に個人差はありますが、現状の全てはあなたの過去の靴選び、その認識による無理や無茶によるものなので、正直さ、素直さはわたしにではなく、ご自身に持っていただきたい。
その事を認めない、自身の身体や健康の現状をその経験を歩み選んだのはご自身である以上、自分に嘘をついてもこれからは絶対に良くなる方向を向きません。
向かない方向を未だに選ぶ選択、それを望んでいると私からは判断できます。
その上で、
「足に合う靴」
「健康を少しでも取り戻したい。」
「これ以上、健康を悪くしたくない。」と、望まれても、悪くする方向を向いている方にそのお手伝い、靴を足に合わせて健康を支える靴を作る事自体、恐ろしくなります。
それこそ、
「自己放任・セルフネグレクト」
自己破綻した思考、
言葉、望む事と精神、思考は真逆を向いている事に自分自身がこれまでの慣習、生き方から変えられない方、少なくありません。
自己破綻した思考、趣向にもですが、
自己放任の元、カケラなり靴選びに対してとても感じます。
不適切な環境を選んでいてもそれに気づかないで容認してしまう事や自分に責任を持たないで世間と比べたり、流されたり。
自分の為、健康、将来の自分を考えずに無理や無茶な靴を選んで我慢を続ける。
これも自己放任、セルフネグレクトと言えるのではないでしょうか。
この事はとても残念な人の結末、結果を向かえ使われることが多く、自己の自立、その準備を考え、右往左往しながら自己確立、準備の仕方から質や適切な認識を持つ事が靴選びにも適切な靴を選ぶ大切な事でしょう。

お客様である介護士さんなどから「自己放任・セルフネグレクト」についてその言葉もその残念な現状、結果を聞く事があります。

靴でお困りの方々、靴の害、健康被害を見ていて人災である部分、道徳、倫理の欠如が及ぼす被害でもありますが、靴は世間に流されたり、流行り、ファション、デザインで自分を守る事や将来でも安心出来る事は自分に確かな靴を選ぶ事でしか難しく、お困りの方々はみなさんが

「もっと早く・・・」

と、言われますが、洋服を買う様に、下着、バッグを買う様に靴を買って履いても健康に影響しなければ良いとは思います。


その時代を作るには根本に確かな技術の構築を一度でも作り、育てない限りできません。


量産化、市販の靴はあくまでも工業製品。

人の足と健康に靴の形、流行りを作る事では現に足と健康を悪くしてしまう方が多く、慣習として継続する後悔が

「もっと早く・・・」から始まる言葉、実感、現状になってしまっています。 

静岡・藤枝・焼津 完全フルオーダーメイドシューズ 靴 友樹

はじめまして、足に合う適した環境を整え、靴をデザイン。 靴とはとても分かりやすく、人の足に合うことと適した環境を靴として作られた靴はいつも快適で痛みや外反母趾などとその悪化を伴うことはありません。 靴は大切な皆さまの足の健康と日々の暮らしの快適さを確かな安心と安全のために作られ提供されなければなりません。 確かな靴選びをしていただき、足と健康、快適な日常を大切にしてください。

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