美味しさと安全を靴に
食事をして自分の舌に合う合わないは個人差が大きい。
静岡で過ごす私にとって、静岡は比較的、味の濃い場所だと外食をしても感じます。
食べ物屋さんには自分の味と違い、あえて味、あたりを強くして品を出す所は多いと思います。
庶民的な所を狙うとどうしても薄いよりは濃く出すのは商売としてしかたのない事なのかと。
その点を考慮しても、私としては味、あたりが自分の舌に合わなくてもさほど気にする点では無く、どちらかと言えば、仕込みや仕事、技術を見て、好む店を決めます。
高校卒業後、フレンチの修行をしていたりして、技術や仕事量、仕込みに対する姿勢など、料理を作る人の尊重は庶民的な味で決め、判断する事は失礼だと感じるからです。
靴作りも同じです。
美味しい靴作りと例え、お話しするならば、
食べてお腹を壊したりして病気や健康を害する事は勿論、リスクや危険に晒す靴は靴とは認められません。
現に、靴の多く、殆どは・・・
店を選んで、好み、選ぶのは個人の自由です。
足をこれ以上悪くしたくないと、薬味の様にインソールなどを使用されるのも自由です。
それらの事にリスクや危険を理解しない人達が安易に対処する方法としたては。
その結果どんなことになってしまっているのか?
悪化や新たな症状を作る方、その悩みを増やす方の多い事に、その被害者は勿論ですが責任問題にはしません。
そんな方の相談を始終、伺っていて、
「無知な人、シューフィッターを信頼した私が悪い。」
や、
「分かってない人から買ってしまったのだから、あの人たちも何も出来ない。」
など、
聞いていて靴業界の実情レベルを感じます。
人の足に合わせられる最も大切な仕込み、まるで偽装食材を使う様な事で人の足や健康を害さない訳はありません。
料理も同じで、私自身の好む味にしろ!なんて横暴な事は思いません。
そんな事よりも、作る人の技量、姿勢から見えてくる事を評価しなければ美味しい料理も楽しめません。
そして、本当に美味しい靴を自分に備え、味わう事など出来ないでしょう。
痛みや悩みを生む健康に影響する靴が殆どと言う現実に向き合う人があまりにも少なく、悪く、悪く、悪く・・・され続けて声にしても本当は遅く、いつもその事の被害を見ていてとても残念です。
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