靴の「普通」ってなんでしょう。
人の考える普通。
靴の社会では「普通」って、
痛みとセットさせる事であったり
外反母趾の様な原因、発症、悪化を提供する事?
「普通」を考える際に、痛みや悩みの原因を作らないレベルを「普通」と考えるべきではないだろうか?
人は靴と関わり生活し、歳を重ねてどうなっているか。
靴を通して人がいくつに成っても足の健康が守られ、行きたいところに時間を自由に使って生き生きと暮らしていただくことが靴の役割りと考えます。
残念ながら靴を仕入れて世界中にそんな靴は存在しません。
靴に足を合わせる文化は根深く存在。
しかし、最後はその文化、普通の中で足の自由が利かなかったり、痛みや悩み、足を壊して求められる本来の靴文化が。
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